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東京地方裁判所 平成5年(ワ)20834号 判決 1996年1月23日

原告 ファーク有限会社

右代表者代表取締役 島野厚

右訴訟代理人弁護士 鳥本昇

被告 国

右代表者法務大臣 長尾立子

右指定代理人 新堀敏彦 外七名

主文

一  被告は、原告に対し、金三二〇万〇一〇六円及びこれに対する平成四年一二月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項にかぎり仮に執行することができる。

ただし、被告が金三二〇万〇一〇六円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金九〇八万〇〇一三円及びこれに対する平成四年一二月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

原告は、国内販売で利益を得る目的でひき割り小麦を輸入しようと考え、関税法七条三項の事前教示制度を利用して東京税関に照会し、これに対する東京税関からの回答に基づいてブラジルの業者からひき割り小麦三トンを輸入したところ、横浜税関大黒埠頭出張所長から平成四年八月二〇日付で輸入許可通知書が交付され無事に通関・販売できた。

そこで、原告は、さらに八トンの同種同質のひき割り小麦を輸入し販売しようとしたところ、同年一一月一八日になって、本件ひき割り小麦が食糧管理法に規定された輸入統制対象品であって輸入できないことが判明したとして、結局、輸入が許可にならなかったので、本件ひき割り小麦を全量廃棄処分した。

そこで、原告は、被告に対し、東京税関による誤った事前教示及び横浜税関大黒埠頭出張所長の当初の誤った輸入許可を信頼したことによって損害を受けたとして国家賠償法に基づき損害賠償を求めて本訴を提起した。

第三争いのない事実

一  原告は、国内で販売して利益を得るためにひき割り小麦を輸入しようと考え、平成四年四月二日、東京税関長宛に、ひき割り小麦に関して関税法七条第三項に基づく「事前教示に関する照会書」を提出したところ、同年五月一日、東京税関輸入部特殊鑑定第二部門統括審査官吉田福司から左記の内容の記載された回答書を受領した(以下「本件回答」という。)。

関税率表適用上の所属区分 一九〇四・一〇

関税率 (暫定)一九・二%

統計品目番号 〇九〇

他法令 食品衛生法

二  原告は、ひき割り小麦三トンをブラジルから輸入し、同小麦は同年八月八日横浜港に着港した。

そこで、原告は同年八月一九日、通関手続の代行を依頼していた津田運輸株式会社を介して、関税法六七条に基づき関係書類を添付して横浜税関大黒埠頭出張所長(以下「出張所長」という。)宛に輸入申告をしたところ、出張所長から同年八月二〇日付の輸入許可通知書が交付され(以下「本件輸入許可」という。)無事通関手続を了した。

三  その後、原告は、さらに八トンの同種同質のひき割り小麦(以下「本件ひき割り小麦」という。)の輸入を計画し、本件ひき割り小麦は、同年一一月七日に横浜港に着荷し、原告は、同月一七日、前記津田運輸株式会社を介して出張所長宛に、関係書類を添えて輸入申告を行った。

四  ところが、同月一八日になって、原告は、農林水産省食糧庁業務部輸入課の担当官から、本件ひき割り小麦が食糧管理法に規定されている輸入統制対象品であるので輸入許可はできないと言われ、結局、本件ひき割り小麦の輸入は許可されず、同年一二月二二日、全量滅却処分された。

第四争点

一  原告の事前教示制度に基づくひき割り小麦に関する照会に対する東京税関の担当者の本件回答の違法性

二  横浜税関大黒埠頭出張所長の本件輸入許可の違法性

三  仮に、右一、二が認められる場合の原告の損害と過失相殺

第五当裁判所の判断

一  事前教示に関する本件回答の違法性の有無について

1  問題の所在

東京税関の担当者が原告からの照会に際して、他法令欄に食品衛生法とのみ記載したこと、実際にはその他に食糧管理法にも該当し、ひき割り小麦が輸入統制対象品に該当し輸入できないものであったことは争いがない。

この点に関して、原告は、東京税関の担当者は、ひき割り小麦が食糧管理法によって輸入統制対象品であることを認識していたか、容易に認識できたのであるから、事前教示回答書の他法令欄に食糧管理法と記載すべきであったのにその義務を怠ったと主張する。

そこで、問題は、事前教示制度において他法令に該当する法令をもれなく記載しなければならないのか、言い換えれば、東京税関の担当者は事前教示制度において他法令に該当する法令をもれなく記載する義務があるかという点にある。

2  そもそも税関法七条三項に規定された事前教示制度は、関税の納付に関する申告について必要な関税率表の適用上の所属、税率、課税標準等もっぱら関税の申告納税に必要な事項について回答することを予定したものである。

すなわち、関税法の教示について規定する同法七条三項の規定は、関税の課税対象の多様性、新規商品についての税表分類の技術的困難性等を考慮し、納税申告の適正、円満な実施を期するため、関税率表の適用上の所属、税率、課税標準等の関税の税額の確定に関する一応の見解を事前に税関ができるかぎり明らかにするよう努めることを定めた訓示規定に過ぎないと解すべきである。

3  すなわち、税関法上の教示について税関所定の様式である事前教示回答書の表面に、注意事項として不動文字により「上記回答のうち、内国関税及び他法令に係るものは、輸入申告等の審査上、必ずしも参考とするものではありません。他法令の適用の有無は、輸入時又は輸入後の事情により異なることがあります。また他法令に係る回答は、税関限りの意見に基づく単なる情報にすぎないので、正式な回答を要する場合には主管官庁に照会してください。」と明記され、他法令に係る回答部分が、所管外の事項について税関限りの一応の参考意見又は単なる情報に過ぎないことが書面上も明らかにされていることからみても(甲二の一、二、乙二)、事前教示制度は、輸入しようとする貨物が輸入申告に際して、どの法令によって規制されているかを明示することまでを制度目的としていると解することはできない。

4  たしかに、外国貨物を輸入をしようとするものが、これから輸入しようとしている貨物が何らかの法令によって規制されているかということを調べるために事前教示制度を利用する場合があることが認められる(証人島野)としても、事前教示回答書に記載されている他法令欄の記載が輸入許可に関する最終的な判断ではなく、実際の輸入の許可、不許可の最終的な判断は税関における輸入検査の際になされるのであって、事前教示回答書の他法令欄に記載がなされないことをもって、そのまま当該輸入貨物が他の法令に一切抵触しないことを保証もしくは証明するものでないことは明らかであり、従って、事前教示回答書記載の他法令欄は、事前教示制度の中においては一応の税関限りの参考意見に過ぎないと解するのが相当である。

5  換言すれば、たとえ、事実上、輸入業者が輸入貨物が何らかの法令に抵触するかどうかを知るために事前教示制度を利用することがあったとしても、それは、単なる税関限りの情報提供に過ぎないのであり、東京税関の担当者には他法令欄に該当する全ての法令をもれなく記載すべき義務はないと言わざるをえない。

6  よって、本件において、東京税関の担当者が他法令欄に「食品衛生法」とのみ記載し「食糧管理法」と記載しなかったことには何ら違法性は認められない。

二  横浜税関大黒埠頭出張所長の本件輸入許可の違法性の有無について

1  問題の所在

この点に関しても、出張所長が、食糧管理法によって輸入統制対象品とされる当初の三トンのひき割り小麦の輸入を許可したことが食糧管理法からみて誤っていたことについては争いがない。

しかしながら、当初の三トンのひき割り小麦の輸入を誤って許可したことそれ自体は原告に対して利益になれ、なんら損害を与えていないことも明白である(つまり、本来ならば輸入できないひき割り小麦を国内で売却し、利益を得ることができたのであるし、逆に、原告がひきわり小麦を輸入したことによって何らかの処分、処罰を受けたこともないからである。)。

本件において問題となるのは、誤った輸入許可をしたことによってひき割り小麦が輸入できるという外観を作出したことが原告との関係において違法であるか、言い換えれば、税関においていったん輸入許可を受けた場合に、その許可を受けた当事者が事後の同種同質の貨物の輸入について抱く期待が法的に保護されるべきであるかということである。

2  この点に関して被告は、関税法六七条の輸入許可は、輸入申告者に対し、一般に禁止されている輸入行為につき一輸入申告ごとに禁止を解除する行政行為で、その効果は一輸入申告ごとに完結するものであるから、一度輸入許可されたからといって、次回以降も許可されると期待したとしてもその期待は法的保護に値しないと主張するので以下検討する。

3  一般的に許可には、申告者の主観的事情に着目して与えられる許可と物または設備等の客観的事情に着目して与えられる許可とがあるが、輸入許可はいうまでもなく、輸入貨物そのものに着目して与えられる後者の許可である。

すなわち、輸入許可それ自体は被告の主張するとおり輸入行為ごとに与えられるものであっても、輸入貨物それ自体が以前に適法に輸入許可された貨物と同一の場合は、特段の事情のないかぎり許可されるべきものである。

4  ところで、原告のように外国から貨物を輸入する場合に、当該輸入貨物の輸入が許可されるものか否かということが事前に判明しているということは、本邦に運んでから輸入が不許可になった場合に生じる損害の大きさを考えれば重要なことである。

さらに、国際的に流通している商品であっても、どのような法令によって規制され、我が国において輸入が不許可になるかということは、これから輸入しようとするものにとっては不透明な部分も多々見受けられる。

そのような場合に、当該輸入貨物の輸入が許可されるかどうかを検討するために、事実上、事前教示制度を利用して抵触する法令を認識したり、また、少量を試験的に輸入するなどして実際に輸入が許可されるか否かを試みるであろうことは容易に想像できる(証人島野)。

5  そして、本件のように実際に輸入許可が下された場合に、当該輸入業者が当該輸入貨物がその後も輸入可能であると考えることは通常あり得ることであり、また、輸入に際しての適用法令の全てを把握できない業者にとって、試験的に輸入申告をしてみたところ、現実に輸入が許可されたとなると当該輸入貨物が輸入統制対象品ではないと解するのが常識であろう。

とすれば、輸入許可によって、原告に何ら義務を課するものでないにしても、輸入許可という行政行為によって、違法な外観を作出したのであるから、違法な外観を信頼したのが全くの第三者の輸入業者である場合はともかく、本件における原告の信頼は法的に保護されてしかるべきである。

6  ところで、本件ひき割り小麦については昭和四七年五月二三日付蔵関第九一四号「いり麦の食糧管理法上の取扱いについて」と題する通達によって、実務上の取扱いは確定しており(甲一七、乙六)、出張所長にとっては輸入統制対象品であることを認識していたであろうし、容易に認識できたのであるから、出張所長の本件輸入許可には過失が認められ、本件輸入許可は違法といえる。

7  また、本件において、原告は、当初三トンのひき割り小麦の輸入に際しては事前に事前教示制度を利用し、一度は「IQ(輸入割当てということを意味し、輸入貨物がIQに該当するときには、輸入業者は輸入貿易管理令に基づき、通商産業大臣の輸入承認を受けなければならない。)」に指定されたため、製法をかえて、再度事前教示制度を利用して本件回答を得、それに他法令欄に「食品衛生法」とのみ記載されていたため、他の法令には抵触しないと思って、当初の三トンのひき割り小麦の輸入申告をしたのであって、故意に税関を欺いて輸入しようとして関税法七〇条一項に定められた他法令の規定により輸入に関して許可、承認等を要する貨物についての税関に対する証明義務をことさらに懈怠したのではないのであるから(甲二の一、一五の一、二〇、証人島野)、原告の信頼は法的に保護されてしかるべきである。

8  なお、被告は、輸入許可の要件を満たす場合に許可すべき義務は個別の国民に対する職務上の義務といえるが、許可の要件を満たさない場合の不許可義務は公益のための義務であって個別の国民に対する職務上の法的義務とはいえないから、その違背は国家賠償法上の違法とはならないと主張する。

しかし、国家賠償事件は、いうまでもなく違法な行政処分の効力を争うものではなく、違法な行政処分の結果として生じた損害の賠償を目的とするものであるから、その行政処分の目的が個別の国民の利益のためである場合は勿論、公益のためであっても、現実に個別の国民に損害を与えていれば相当因果関係の範囲内で賠償の対象となると解するのが相当である。

本件においては、前記のとおり出張所長の過失により、ひき割り小麦は本来輸入許可されないものであるのに輸入を許可するという違法な処分を行ったことにより、これを信じた原告が本件ひき割り小麦を輸入して損害を被ったのであるから、被告は右違法行為と相当因果関係のある損害を賠償する義務がある。

また、被告は、当初の誤った輸入許可を信じて、本件ひき割り小麦を輸入できるのではないかという期待を抱いたとしてもそのような期待は原告が事実上受けた反射的利益に過ぎず、何ら法的に正当な保護を受けるものではない旨主張する。たしかに、全くの第三者が外観を信頼したような場合には被告の主張にも傾聴すべき点もあろうし、直接の当事者である原告の場合においても、転売利益は反射的利益であるといえる場合があるとしても、本件ひき割り小麦の滅却処分等によって原告が直接被った損害については被告は賠償すべき義務があると言わざるを得ない。

三  原告の損害額及び過失相殺

1  本件において原告の被った損害は次のとおりであると認めるのが相当である。

(一) 本件ひき割り小麦・八トンの輸入代金 金二一八万一五二〇円(甲八の一、二、甲一二)

(二) 海上運賃 金一七万七六〇五円(甲九の三ないし五)

(三) 保税倉庫保管料等 金六万四八〇〇円(甲一〇)

(四) 乙仲費用 金一六万八四八六円(甲八の五、六、甲一一)

(五) ユーザンス・手数料 金五万三一三七円(甲九の一、二、甲一二)

(六) 澱粉含有率分析費用 金八二四〇円(甲一三の一ないし三)

(七) 滅却費用 金二四万六三一八円(甲一三の三ないし五)

これについて、被告は、貨物を滅却(廃棄)するかどうかは輸入者の自由意思に基づくものであって、税関当局が強要するものではないとして因果関係を否定するが、輸入不許可の場合、貨物を送り戻すか滅却(廃棄)処分するしか方法がなく、損害の拡大を防ぐためにやむを得ず原告は滅却(廃棄)申請をしたものと認められるから、因果関係は認められる(甲一四の二、二〇、証人島野、弁論の全趣旨)。

(八) 転売利益相当損害

転売利益は、本件輸入許可を信頼したことのみならず、それが実際に本邦に輸入されたことを前提とするものであるところ、本件ひき割り小麦は、本来、輸入統制対象品であって、食糧管理法一一条第二項、同施行令一四条により、政府に売り渡す義務を負うものであるから、相当因果関係のある損害とは認められない。

以上(一)ないし(八)の合計金 金二九〇万〇一〇六円

(九) 本件の事案の諸般の事情を考慮すれば、本件と相当因果関係のある弁護士費用は三〇万円であると認めるのが相当である。

以上(一)ないし(九)の合計金 金三二〇万〇一〇六円

2  本件ひき割り小麦が船積みされたのは平成四年一〇月三日であるが、当時原告は本件輸入許可の取消通知を受けていないのはもちろんのこと、本件輸入許可に関してなんら疑問を抱いていない。

そこで、原告は、本件ひき割り小麦は当然輸入許可されるものと信じて輸入したところ、不許可になったのであるから、本件輸入許可と本件ひき割り小麦の輸入行為による原告の損害との間の相当因果関係が認められる(甲八の五、六、甲二〇、証人島野)。

3  過失相殺

原告は、本件回答の他法令欄に食品衛生法以外の他法令が記載されていなかったためひき割り小麦が食糧管理法によって規定されていることに気付かずに出張所長に対して輸入申告をし、その出張所長の本件輸入許可によってひきわり小麦が輸入できるものと信頼したことによって、本件ひきわり小麦を輸入しようとしたことが認められる(証人島野)。

たしかに、原告は、昭和六〇年八月に設立された食料品等の売買・輸出入業等を営業目的とする株式会社である(甲一)から、ひき割り小麦が食糧管理法によって規制されていることを容易に認識できたのではないかと思われること、また、輸入業者として自ら進んでひき割り小麦が何らかの法令によって規制されているか否かを調査すべき義務はあったといえようが、しかしながら、原告が通常輸入しようとする貨物がいかなる法令に抵触するかということを調査する手段として事前教示制度を利用していること(甲二一ないし三九、証人島野)、右手段が責められたものではないこと等からすれば、原告としては、通常の調査は尽くしているといえること、これに対して、ひき割り小麦の取扱いが昭和四七年五月二三日付蔵関第九一四号「いり麦の食糧管理法上の取扱いについて」と題する通達によって実務上の取扱いは確定していたのであるから、東京税関の担当者及び出張所長にとっては容易に輸入統制対象品であることも認識していたであろうし、認識すべきであったのであるから、被告の過失の方が原告の過失に比べて格段に大きいものと解されるのであり、本件においては、過失相殺をするのは相当でない。

第六結論

以上により、原告の請求は、損害賠償金三二〇万〇一〇六円及びこれに対する本件ひき割り小麦滅却処分の翌日である平成四年一二月二三日から支払済みまで年五分の遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は理由がないから棄却することとする。

(裁判官 村田鋭治 裁判官 川上宏 裁判長裁判官 澤田三知夫は転補につき、署名押印できない。裁判官 村田鋭治)

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